生活と文化の総合センター

 「アート農園」は、美術・工芸・デザイン・ファッションはもちろんのこと、音楽やスポーツにいたるまで、生活全般に関わる様々な活動の中から「心の栄養」という成果物を収穫し、それを糧に豊かな文化生活の提案をしていきます。
設立趣旨書 組織図 定款 収穫の蔵事業 入会のご案内 お問い合わせ

小松崎広子展 【MSP】

小松崎広子/−風景の中へ−


「『風』に抱かれて『景』に触れる」 早見堯(はやみ たかし・美術評論家)


新潟県の越後妻有「大地の芸術祭」の作品をいくつか見たのは五月の鯉幟の時期のことだっただろうか。ほくほく線の松代駅から南の渋海川を渡った、この地方に特有の段々状の棚田を見下ろす松代城山の中腹にはいろいろな作品が設置されていた。
田中信太郎の「○△口の塔と赤とんぼ」が、曲面状に連なる段丘の長いポールの上で風に揺られながら大空に舞っていたのはこの一角だった。すぐそばの急斜面をちょっと登ったところでは、伊藤誠の「夏の三日月」が羊歯状の葉を広げた「こごみ」や熊笹、スギナの茂みのなかで鉱物質の光を杉の木立の外へと鈍く輝かせていたのを忘れることはできない。それらは、川を挟んだ向かいの松代の術並みと人の振る舞いとに照応しながら、初夏の風と光のなかにたゆたっているように思えたものだ。
「結縁」ということばが、どこからともなく紡ぎだされてきたのはそのときだった。すべのものは他のものとの関係のなかでしか存在することはできない、という結縁の考えは仏教の教えらしい。それ自体ではすべてのものは「空」。ある特定の場所との結びつき、すなわち関係が「空」なるものに存在感や生命感を与えるとされている。
作品が場所との結縁をえるだけではもちろん十分ではない。「世界に自分の身体を貸し与える」といったのは、風景を描くセザンヌについて述べたときのメルロー}・ポンティだったが、わたしたちが自分の生身の「からだ」でその場所に介入して結縁をえなければ、それ自体では「空」なるものが「実」になることはないのでは・・・。新緑の光のなかで風に抱擁されたまま、わたしはそんなことを思っていた。
**
小松崎さんの最近の絵画のタイトルは「風景の中へ」とつけられている。ペイント・ストロークやドゥローイング的な性質を生かした線が触手のように伸び広がるタイプの絵画では、「風景の中へ」の前は「Jardin(庭)」だし、「風景の記憶」や「荒れた風景」というのもあった。「風が通り抜けて」は80年代半ばだ。
他方で、より面やフィールドに重きがおかれている絵画の場合は、「平面の中のジグザグ形」とか「平面の中の四角形」、「平面の中の三角形」、「無題」などと物理的な画面の状態に即したタイトルがつけられる場合もあったことは、小松崎さん自身が絵画のどこにポイントをおいているのかを推し測る上でちょっと気にかけたいところだ。
風景というとさの「景」は見えている静止的な光景、たたずむ視覚像というニュアンスだが、「風」からは動きや目に見えない気配、「からだ」を取り巻く液体状の朦朧や、そこから生まれる生命の触覚的な息吹を連想してしまう。日本の東風、ヨーロッパの西風は古来エロティックな命を芽吹かせてきたのを想いおこしておこう。
最近の「風景の中へ」を見たとき、わたしは越後妻有での経験を反芻していたのかもしれない。小松崎さんの線は、手が、いや正確にいえば、「からだ」が絵の具とキャンバスに戯れながら「結縁」をえて、絵画という「風景」を見だしていった痕跡なのではないだろうか。だから、そこでしか吹くことのない風が舞い、そこでしか輝くことのない光が揺れている。
***
小松崎さんの絵画は80年代の初め以後、ドゥローイング、もしこういってよければ、エクリチュール(ライティング)の痕跡と、面やフィールドを塗るペイント・ストロークとを主要な要素として成りたってきた。「描く」ことといってしまえば当然すぎるだろう。その「描く」ことは、画面の「枠(縁)」や「表面(平面)」に沿いながら、ずれていく。あるいはずれたまま、沿っている、といった方法で使われている。
画面の中の描かれた「かたち」が絵画からなくなってしまってもなお残る「かたち」としての画面型の物理的な「枠」と、空間のイリュージョンが絵画から失われてしまった後に残っている「空間」の器としての画面の物理的な「表面」。こうした「枠」と「表面」との微妙な関係で、「描く」ことがコントロールされてきた。「枠」・「表面」さらに絵の具などの物 質と描く「からだ」との力動的なバランスが小松崎さんの絵画のあり方を決めていたといってもいいだろう。
「風景の中へ」では、オーカーがかった純いオレンジのフィールドに暗い藍色の切れ切れの線の痕跡が重ねられたり連ねられたりしている。切れ切れの線をたどって見ていくとき、何かの「かたち」や山水画に似た風景が生まれてきそうになったとしても、逡巡と決断とを繰り返す物理的な痕跡であるほかはないので、同時にそこから連れ戻されて痕跡としての線の現われに立ち帰るばかりだ。「かたち」と、「かたち」を抑圧する、あるいは長い間「かたち」に抑圧されていた画面の「枠」も含めた絵画の物理的で物質的な性質との葛藤といえるかもしれない。
フィールドを手探りするような痕跡は、その下層に影のような痕跡を浮上させたり、いびつに傾いたりしているので浅い空間のイリュージョンが現れてくる。そのイリュージョンは闇に乱舞する蛍のように計測不可能な空間をさまよう痕跡でもあるので、同時にいつも表面に回帰していく。奥行きの空間とそれを抑圧し、あるいはそれに抑圧されていた絵の具の痕跡がざわめく「表面」との競りあいではないか。
****
小松崎さんの活動は版画から始まっている。作品の最終的な視覚的な現れと、制作のプロセスでの物理的な作業とが、絵画のようにはダイレクトにつながっていないのが版画だ。この二つの隔たりの狭間で「描く」ということ。それは、絵画に「からだ」を貸し与え、画面や絵の具などの「もの」の性質に受動的に「からだ」をまかせることだ。小松崎さんは絵の具や画面の「枠」、「表面」、制作する「からだ」といったイリュージョンを生みだしようもない「もの」にかかわる受動的なプロセスに絵画を突き落とした極限で、絵画としての形象やイメージ、視覚性とか空間性を再生させようとしているようだ。
けれども、急いでつけくわえておかなくてはならないが、重要なのは結果としての絵画の視覚性や空間性よりも、「描く」ことの自動的で受動的な運動の強度である。何種類かのシリーズとして展開されている小松崎さんの絵画をシリーズごとに振り返ってみれば、このことはよくわかる。見る者が「風」に抱かれたまま目で「景」に触れて、風景の絵画ではなくて、絵画の風景の出現に立ち会うことができるのは、こうしたことを受けいれたときだ。