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禅とミニマル・アート、その無関係の「関係」-MINIMAL MAXIMAL講演会を聞いて-
/朱雀正道

 この展覧会は、おそらくはドナルド・ジャド、カール・アンドレ、ダニエル・ビュラン、ロバート・モリスあたりを頂点とするミニマルアートをレトロスペクティブに総覧し、それとともにそこから分岐・発展していったヨーロッパ人や日本人の作品を含む、その後の作品群をひとつの系譜としてとらえていく試みであるようです。

 ではそもそもアメリカのミニマリズムは、いったいどのような運動だったのか?おそらくキューレーターのペーター・フリーゼは、それを<美術史に全くよりかからず、なんのイコノグラフィーも持たず、観賞者が作品と直に接することができる、史上はじめての、そしてもっとも純化した芸術様式>としてとらえ、その運動の背景に、当時英訳され広く読まれたフッサールの現象学の影響を重く見るとともに、そこからサイトスペシフィックという価値(方法)がとらえられるようになった、と見ています。
 ここではサイトスペシフィックとは作品を観賞するプロセスそのものを提示することと共にあり、またそれを観る者にとっては彼や彼女を単なる観賞者ではなく、作品の一部である、と認識させんとする価値とされています。もちろんフッサールとともにカントも参照され、それらを使ってアートを思想的にリードしていった、グリーンバーグ〜フリードのラインも当然議論に上りました。

 キューレーターのペーター・フリーゼは、ここでの従来的芸術への挑発性を重視しそれを新しい芸術への態度ととらえ、また芸術史においてはじめて芸術と芸術外世界の相互干渉が主題化されたことを大きく評価しています。

 いまさらながら、私はひとりの日本人芸術家として、改めてこの運動を見てゆくにつれ西欧人の思考のスタイルにおける観念というものの壮絶を見る思いがしました。ここでは作品は芸術作品の自立と発展をめぐるオリジナルな観念の掲示、それのみが重要であり、その純化と挑発のゲームの中から観念を取り除いてしまえば、あとには何も残らないというすさまじいものです。そこでいわれる<肉体>ですら、ほとんど肉体の観念、あるいは観念の謂としての<肉体>なのですから。

 また、ある意味でこの展覧会は、芸術史においてほとんど最初のアメリカ人による芸術であるところの<ミニマリズム>を再びヨーロッパが、しかもドイツが奪い返さんとする政治的振る舞いにもなっていると思われます。

 余談ですが。シンポジウムの冒頭ではキューレーターのペーター・フリーゼの口からミニマリズムと禅の間には<無>の観念について何か親近性・あるいは平行性があるのでは、というサービスあふれる示唆が投げかけられましたが、我が国のパネラー達はおそらくは、そんな前近代的な話を持ち出されても・・・・・。と大いに嫌がられすぐさま議論のテーブルから降ろされておりました。
 代わりにと言っては何ですが、日本側パネラーからは<モノ派>との平行性あるいは部分的共通性が指摘されましたが、残念ながらドイツ人キューレターはこの議論に生産的に加わることはできませんでした。

 以下は余談の余談になりますが、後の立食パーティの席上で、僕はキューレターのペーター・フリーゼさんに、次のような事を言ってあげました。曰く、日本はモダニズムのレイト・スターターだったから、国を近代化するのに一生懸命だったでしょ。禅なんて事を言われると、とても前近代的な議論に引き戻されそうで、多くのインテリは嫌がるんです。でも、あまりにも当たり前だから気が付かないほどだけれど、今も未来も、きっと禅的な<無>の観念は日本に生きていると思うし、あなたの指摘されたミニマリズムとの平行性・あるいは<無>の観念についての親近性は、思考のレッスンとして、生産的な議論にもなりえると思います。
 全く別の文脈になるとはいえ桂離宮や龍安寺の石庭の中には、フォーマリズムやミニマリズムに通じる構造がありますからね、そう、ですからあなたの示唆には、ある正しさがきっとあるんです、と。
 一人チンピラ芸術家からのそんな指摘にフリーゼさんはとてもうれしそうでした。僕も対等にお話できて楽しかったです。 さて、そんなヨタ話はともかく、私たちの<都市芸術実際会議>においても、フォーマリズムの方法を、それ以外の分野に積極的に適応させていくことは、ある生産性を持つのではないか、と思うと同時に全く異なった者同士の間にある、ある共通性をつかみだすには、思考のレッスンとして、そして作品制作の為の足がかりとしてあるいは新しい批評の視座の獲得への試みとして、良いことがあると思いました。
 今後の勉強会を考えていく足がかりとして...。 

       

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